吉永小百合さんの経歴
1957年(昭和32年)
渋谷区立西原小学校6年生の時、ラジオ東京(現 TBSラジオ)の連続ラジオドラマ『赤胴鈴之助』でデビュー。
10月、ラジオ東京制作のテレビドラマ『赤胴鈴之助』でテレビデビュー。
1959年(昭和34年)
『朝を呼ぶ口笛』で映画デビュー。
1960年(昭和35年)
渋谷区立代々木中学校卒業、東京都立駒場高等学校入学。
1961年(昭和36年)
精華学園女子高等学校(現 東海大学付属望洋高等学校)転入学。
1962年(昭和37年)
高校在学中、『キューポラのある街』(浦山桐郎監督)にヒロイン役で出演。
ビクターから『寒い朝』でレコードデビューし20万枚のヒット。
橋幸夫とデュエットし30万枚の大ヒットとなった『いつでも夢を』で「第4回日本レコード大賞」受賞。
この頃から日活の清純派女優として浜田光夫とコンビを組む。
1965年(昭和40年)
大学入学資格検定に全科目合格は出来なかったが早稲田大学に高卒と同等以上の学力があると認められ第二文学部史学科西洋史専修に入学(俳優業多忙の為、精華学園女子は中退していた)。
1969年(昭和44年)
多忙な中、早稲田大学第二文学部史学科を正規の4年間、しかも次席で卒業。
1973年(昭和48年)
フジテレビの岡田太郎ディレクター(のち、共同テレビ社長、会長、取締役相談役を歴任)と結婚。15歳差だった。
1985年(昭和60年)
『おはん』、『天国の駅』の演技で、「日本アカデミー賞最優秀主演女優賞」初受賞。
以降、1989年(平成元年)、2001年(平成13年)、2006年(平成18年)と、最優秀主演女優賞を計4度受賞している。
1988年(昭和63年)
『つる-鶴-』(市川崑監督)に主演し、映画出演は通算100作品となる。
1997年(平成9年)
朗読CD『第二楽章』で「第39回日本レコード大賞企画賞」受賞。
2002年(平成14年)
平和記念資料館(広島市)に導入された音声ガイドのナレーションをボランティアで担当。
2003年(平成15年)
上記ナレーションや、同じくボランティアである原爆詩の朗読などの平和活動が評価され、「第15回谷本清平和賞」受賞。
2005年(平成17年)
第56回NHK紅白歌合戦では、山梨県からの中継で原爆詩を朗読した。
2006年(平成18年)
紫綬褒章、受章
2008年(平成20年)
2月に主演映画『母べえ』がベルリン国際映画祭出品のためベルリンへ往く。
引用:ウィキペディア